健康

老衰で逝く。自然死にたどり着くまでが痛くて辛い。約半年間、義理父の闘病~家族葬へ。

身体の究極の老化・老衰。穏やかな死のイメージは間違っていた。痛みを伴う老衰もある。義理父の終末を記録しました。

老衰は日本人の死因第3位にランキングしています。超高齢化社会、楽なイメージの老衰で死にたい方も多いと思います。いろいろなタイプの老衰があると思います。義理父が歩んだ、自然死の記録です。

そもそも老衰とは?

人の体は、40才くらいまでしかもたないように作られているそうです。それを軽々と超えて生きられるのは、医療の進化や、体を酷使しなくても生きられる、さまざまなシステムのおかげです。

でも、死は誰にでも必ず訪れます。そう、肉体の老化はどうしても避けられません。年齢が進むと、細胞や組織の能力が上手く働くなります。お医者さんによると、常に臓器で炎症が起こり、さまざまな臓器の働きが悪くなるそうです。

そしてやがて多臓器不全に陥り、心臓も止まり、死が訪れます。

参考になった記事です。

義理父の状況

心臓の不具合

85才だった義理父は、若い頃から体が丈夫な方ではなかったそうです。私がお嫁に来てからだけでも、大腸がん・肺炎・胆管炎と、何度も手術・入院し、その都度元気に復活してました。「お父さんは、神様にまだまだ生きるように言われてるんだね~。」って冗談で言ってしまう程、素晴らしい回復力でした。

そんな父が、年末に体調を崩しました。足がパンパンに腫れて、そろりそろりとしか歩けなくなったのです。年明けに病院で診てもらうと、心臓の不具合で、足に水が溜まってしまったようです。一週間ほど入院して、足の腫れは治まりました。

その後、以前のような元気が戻らなくなりました。歩くのは楽になったようでしたが、日課の植木の水あげも、ほとんど出来なくなり、寝てる事が多くなりました。

食事も、食べられる時とそうでない時の差が激しくなりました。

腸の不具合

大腸がんを10年程前に患って以来、腸の調子は普段からあまりよくありませんでした。元気がなくなってからは、さらに残便感が強くでているようでした。もしかしたら大腸がんの再発か?と疑い、心臓の入院から1ヶ月半後の2月末に、大腸の内視鏡検査をしました。

病院の先生は、心臓が弱っていて、体力が落ちているので、ものすごい体力を使う内視鏡検査はおすすめしないと言われていたそうですが、本人の強い要望であったので、組織検査もかねて、6個のポリープも同時に切除しました。大腸がんではありませんでした。

この検査により、さらに食べられなくなり、常にお腹の痛みがあり、夜も眠れなくなりました。

お腹の痛みとの闘い

寝ていても、起きていても激しお腹の痛みが父を襲っていました。痛そうで見ているのも辛いほどです。ガンでもないので、まったく治療がありません。痛み止めも出してもらっていたようですが、ほとんど効かないようでした。

ご飯もほとんど食べられません。おかゆを食べても、食べる事でさらにお腹が痛くなるのが怖くて、ほとんど食べられなくなりました。2週間で4キロ体重が減ってしまいました。

内視鏡検査後、3週間くらいは痛みがあるかもと先生に言われていたので、それを信じて頑張って耐えていました。

肛門科を受診

その後、いっこうに良くなる気配はありません。検査をしてもらった病院に行っても、特に治療もないので疲れるだけでした。

5月の頭、お尻の穴が特に痛いとの事で、いままで行っていた病院とは別の、まったくの初診で肛門科を受診しました。

少し切れ痔の傾向がみられるとの事で、座薬をもらい、たいした治療もなく帰されました。とにかく夜も眠れないし辛いので、強めの痛み止めが欲しいと言っても、座薬には痛み止めも入っているので、様子を見て下さいと言われ、すぐには痛みは治まりませんでした。

ですが、徐々に薬が効いたのか、やっと痛みが無い時間が増えてきた様子で、家族も少し安心しました。

ですが、トイレにはなんとか行けますが、ほとんど寝たきりの状態になりました。

とにかく食べられない

食欲がぜんぜん戻りません。亡くなる3日位前には、水分さえほとんど取れなくなりました。亡くなる前々日には、とうとうトイレにも行けなくなり、娘に初めておむつ交換を頼みました。

これはまずい状態になっていると、姉も思ったようです。しかも、我慢強い父から、とにかく病院に行って点滴だけでも打ってもらいたいと言われ、さらにまずい状態かもと思ったそうです。

病院の待合室で危篤状態に

翌日、姉たちは仕事で、嫁の私と、甥っ子(社会人)しか休みでなかったので、意識はハッキリしていましたが、立ち上がるのがせいいっぱいの父を、甥っ子がお姫様抱っこして車に乗せ、3人でなんとか病院に到着しました。

かかりつけは大きな病院で、予約もなく、担当の先生もいない日だったので、待合室でだいぶ待たされました。車イスに座っている父が、首が痛いと言うので、首筋をマッサージしてあげていました。

呼びかけにもあまり答えなくなり、私達は寝ているのかと思っていました。診察室に入ったとたん、先生が大慌てで、「すぐにストレッチャー用意して!」と看護師さんに叫びました。このまま心臓が止まってしまうかもと説明されました。

先生はすぐに救急に運んでくれて、なんとか持ち直しました。

危篤状態から回復、家族みんな集合

会わせたい人は呼んでって、先生が言ってくれて、コロナだけど、個室に入れるから会わせてあげてって。先生に感謝しました!

義理母も子供達も揃って会えて、顔色も良くなって、意識もハッキリしてるし、きっと元気になる。いつものように退院出来るって思って、その日は家に帰りました。

翌朝、静かに息を引き取りました

一夜あけて早朝、病院から脈が微弱になってますと連絡がありました。駆け付けた時にはすでに意識はなく、脈もふれていませんでした。昨日、みんなを呼んで、みんなに会えて、本当に良かったです。

死因は心不全・いわゆる「老衰」でした

「老衰」という病名はありません。死亡診断書には心不全と書かれます。でもずっと痛みがあったのですから、どこかしら痛んでいたのでしょう。明確な病巣は結局わからず、「老衰」という事になりました。

「老衰」だって痛い 緩和ケアをして欲しかった

とっても痛そうな日々を見てきました。明確な原因がわからかいから、治療が無いというのも仕方ない事だとは思います。

でも痛いのです。痛さは辛いです。せめて痛いのだけでも取り除く治療をして欲しかったです。これからは高齢者がもっと増えて、老衰の方も増えるでしょう。緩和ケアの治療がもっと進んでくれる事を期待しています。

家族葬

病室から家まで

亡くなると、すぐに葬儀は?ってなります。病室に置いておけないのですからしかたありません。

父は当然パジャマだったので、洋服を家に取りに帰る時間くらいはありました。看護師さんが洋服に着替えさせてくれて、少しお金を払えばですが、ほんのり顔色が良くなるようなお化粧もしてくれました。

霊安室へという話もありましたが、父は互助会に加入していて、生前その業者さんに連絡して欲しいと言われていたので、そちらに連絡をいれたところ、割と早く迎えに来てくれる事になり、直接出口に運ばれました。

でも、病室から出口までは、看護師さんではなく、病院指定の業者さんが来て運びます。もう医療行為ではないからでしょうか。それ用の布団に包まれて、お顔を隠して。

亡くなってから、約2時間半。父は家に帰って来ました。

葬儀社との打ち合わせ

父が亡くなったのが早朝だった為、その日のうちに葬儀の内容や、日程を組んでいきました。

なんと驚いた事に、火葬場が取れない。なくなる方多いみたいですね。そしてこのご時世、家族葬が支流です。との事で、家族葬になりました。

普通の葬儀と家族葬の違い

大きく違うのは、人数です。あと、香典返しもたくさん用意しなくていいし、精進落としをしないので、費用も抑えられます。家族葬はメリットがたくさんあります。

家族葬で困った事「香典返し」

でも困った事もありました。それは、ご近所の方や、お友達が香典を持って来ます。しかもバラバラと。香典返しをもともとたくさん用意していないので、あとでご自宅まで届けなければなりません。非常に手間でした。

家族葬をされる方は、お返しを少し多めに、自宅に用意しておく事をおすすめします。

そもそも香典返しって必要?

しかし、香典返しって無駄ですよね~。つくづく思いました。

わざわざ家族葬にしますって、自治会にも回してるのに、香典もって来る方って、よっぽど父をしたってくださってる方だと思うんですよ。でも手ぶらじゃなんだからって、包んでくださるでしょ。最初からお返しなんかいらないって思って来てるわけですよ。それでも礼儀なので、ですよ。

香典返しって、葬儀社が勝手に作った慣例なんでしょ。クリスマスケーキやバレンタインチョコみたいに。まんまと日本人の、いただきっぱなしじゃあね、お礼しなくちゃを上手く使いましたよね~。

葬儀終わって、一週間は我慢してお礼用意しました。それ以降いらした方には、とりあえず香典辞退して、それでもって方にはお礼は家族葬なので用意してないと伝え、置いていってもらう事にしました。

納骨は身内だけ・香典無し

コロナ渦のよい所は、会食が出来ないって事です。もちろん納骨もごく身内だけで。アルコール無しの簡単な食事はしますが、香典無しにしたので、お礼も用意しなくてよくて、ある意味ラッキーかもしれません。

でもちゃんとお祈りして、お義父さんをお墓に入れてあげたいと思います。

まとめ

あまりにも「老衰」が過酷だったので、なんとなく楽なイメージしかなかった私には衝撃的で、とっても辛いものでした。

これから、老後を迎える方、今まさに直面されてる方の参考になればと思います。

必ず死は訪れます。自分は最後をどうしたいか、家族に伝えておく事は大切です。常に死と向きあって、人生を歩んでいきたいものです。

認知症の母が残されました。今まで父が介護していたので、本人も非常に不安になっています。とりあえず姉たちとシフトを組んで、一人にならないようにしていますが、今後どうなっていくのか…。また別の記事でレポートしたいと思います。

相続も大変そうです。長男の旦那さん、自分でやろうとしてますが、土地の事は難しすぎて、プロにおまかせするようです。こちらも別記事で紹介できたらと思っています。

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